オーストラリアロングステイや移住&留学メルボルンの生活やビザ情報8

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オーストラリアロングステイや移住&留学メルボルンの生活やビザ情報8

オーストラリア「メルボルン」第8回

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さて、以下からはメルボルンで実際に
生活している日本人の声をもとに現地で
の暮らしを紹介していきましょう。

まずはウェブデザイナーとして現地の
企業で働くHさん(32歳/女性)のケース。

Aさんが初めてオーストラリアを
訪れたのは2006年、ワーキングホリデービザでの渡豪でした。

「もともと日本では小さなデザイン会社で
ウェブデザインの仕事をしていたのですが
徹夜も厭わないハードな職場になじめず退職。

そんなとき高校の同級生から
ワーキングホリデーの体験談を
聞かされて、自分も行ってみたくなったんです」

Hさんがまずシドニーに渡り
現地の語学学校で英語を学び
そして日本食レストランやデザイン会社で
アルバイトを経験したといいます。

「ワーホリの期限切れが迫っていたある日
バイト先のデザイン会社のボスから
『メルボルンに支店を出すから
フルタイムの社員にならないか』という話を
され、もちろん、二つ返事で引き受けました」

オーストラリアビザ情報

当時は今ほどビジネスビザの条件が
厳しくなかったこともあり、Hさんは無事に
ビザを取得。メルボルンへと生活の
拠点を移すことになりました。

「当時の住まいは、シティに近い
リッチモンドというサバーブ(地区)。

有名ブランドのアウトレット店や
ベトナム人街が近く、とても便利な場所でした。
ただ、どんどん家賃が値上がりしてしまったので
今はボックスヒルという地区に引っ越しました。

シティからはちょっと離れますが
中国人が多く住むエリアなので
アジア系の食材が手に入りやすいと
いうメリットがあります」

そんな彼女は2009年、現地で知り合った
シンガポール人の男性と結婚。

今はボックスヒルの2ベッドルームの
フラットで夫とともに暮らしているといいます。

しかし、ここまでの道のりは
けっして平坦ではなかったと言います。

「じつは2008年に起きたリーマンショックの
あおりで勤め先の会社が経営難に陥り
私は事実上、解雇されてしまったんです。

ビジネスビザはスポンサードしてくれた
会社以外では働けないため、そのまま
オーストラリアに残って働くためには
すぐに新しい勤め先を探さなければいけなかった。

ところが、これが全く見つからず
『もう帰国するしかない』と諦めていたとき
当時交際中だったシンガポール人の彼から
プロポーズされたんです。
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オーストラリアの永住権&配偶者ビザ

永住権保持者だった彼がスポンサーに
なってくれたおかげで私は配偶者ビザに
切り替えることができ、何とか帰国せずに済みました」

結婚後しばらくして新たな就職先が見つかり
ウェブデザインの仕事を再開することができHAさん。

最近は妊娠や出産などを見据えて
フリーランスで活動するための準備を進めているといいます。

「ビジネスビザの発給要件は
年々厳しくなってきています。
今の職場も配偶者ビザがなければ
勤められなかった。

オーストラリアで自由に働くためには
永住権かそれに類するビザが不可欠。

これから就労を目指す人は、その点も含め
てしっかりリサーチした方がいいと思います」

次回は調理しでワーキンホリデー経験者で
オーストラリアで永住ビザ取得を目指す
Tさんの生活の実態をお伝えします。
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